お盆休みの旅行記

長いお盆休みも今日で最後です。

滋賀県には17日には帰ってきて今日は一日工場の掃除や在庫車の洗車をして過ごしました。

このお盆は13日の夜から実家のある香川県の方へ帰省してゆっくり過ごしました。

で、前から行きたかった愛媛県愛南町と言う四国の最西端の町に保管してある”紫電改”と言う戦闘機を見に行ってきました。

 

そう。僕はレシプロ戦闘機が好きです。好きと言う言葉が適格かどうかは分かりませんがあの時代に興味あります。

この紫電改と言う戦闘機、ググったらすぐ出てくるんですがここで簡単に説明します。

第二次世界大戦も末期の昭和19年 もう日本はゼロ戦ではアメリカの戦闘機に太刀打ちできなくなってました。

そこで極秘でプロジェクトが進められ作られたのがこの紫電改と言う飛行機です。

それと同時期に日本で健在してる優秀なパイロット達を集めこれまた極秘で日本最後の最強飛行隊をここ松山空港に作ったそうです。

その日本最後の最強チームが宮崎県と愛媛県の間にある豊後水道と呼ばれる海上でアメリカ軍のヘルキャットやコルセア・P51マスタングを数多く撃ち落としたのは有名な話しで、グラマンの飛行隊250~300機に対して松山航空隊三四三部隊は紫電改、40機ほどで挑んだらしいです。

 

この会場ではそう言った当時の出来事が文章で読む事が出来ます。

もう涙無しでは読む事は出来ません。

僕も同じ日本人です。生まれてくる時期がほんの30年ほど遅かっただけです。

ここ日本で70年ほど前に実際起こってた本当の出来事です。

ネット上であーだ。こーだ自分の感情を書くつもりはありません。

日本人ならどんな事がここ日本で起こっていたかだけでも知っておいても損はないと思います。

 

最後にこの松山空港に日本中から健在してる優秀なパイロットが集められたと最初に書きましたがその飛行機乗り全員が18歳~25歳くらいまでの若者だったらしいです。

彼らは特攻ではないので最後までグラマンと戦い生きて終戦を迎えられた方もいます。

なお8月15日の終戦時、松山空港には紫電改が全力で飛行できる燃料がたった2回分しか残ってなかったそうです。

とてもとても深い話しです。

 

僕と戦闘機巡りしたい方募集します。

こう言う所に僕の80で行こうとは思いません。

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コメント: 4
  • #1

    Hill☆Surfer?! (月曜日, 20 8月 2018 08:32)

    日本人なら…
    ですね…
    年齢が増すとともに、この時期がくると考えさせられます。
    戦闘機も詳しくはないですが興味はあります。
    自分もプリンス(日産)に乗るものとしてメカニカルな部分には、その技術が入っていると思いながら走ってます。
    また機会があれば同行させてください。

  • #2

    chibun (月曜日, 20 8月 2018 09:35)

    Hill☆Surfer?!さん:コメントありがとうございます。ほんと日本人なら知ってて欲しい出来事です。当時日本には16社ほどの戦闘機を作る会社があったそうです。日産、スバル、三菱もその中の一つですね。受け継がれてるDNA的なものもあると思います。
    今の車には無いですけどね。
    また機会あれば是非!!

  • #3

    urakami (月曜日, 20 8月 2018 10:38)

    お帰りなさいまし^_^
    自分もこの時代のレシプロ機は好きですね。
    因みに母校には、中島飛行機(現スバル)の機体を防衛省経由で貸与され片隅に展示してありました。
    確か授業で当時の技術を知るという意味で各構造を現物のなかに潜り込んでお勉強してたのが良い思い出です。
    機会があればご一緒させてくださいまし。

  • #4

    chibun (月曜日, 20 8月 2018 12:33)

    urakami様:あなたも好きそうですね(笑)でもほんと、とても大切な事だと思います。あの時代にここまでの機械を作れてた事、日本人の精神・職人技全てです。
    まあグラマンの戦闘機にはこの時すでに現在のナビゲーションシステムの先駆け的な装置が付いてたらしいですが...
    今度一緒に巡りましょうか!!